まず書いてみよう

大学生が日頃の気付き、学びを気軽に綴っていくブログです!

非理系(=文系)はプログラミングを学ぶべきなのか

はじめに

学ぶべきです。と結論から入っていくのがこのブログ。

安心して下さい。プログラミング教室へのリンクなんて
貼っていませんので回し者ではありませんよ!素直な意見を書いております。

自分は思いっきり文系なのですが、昨年から色んなきっかけでWebサイトを作ったり、自動化処理に挑戦してみたり、いわゆるプログラミングに挑戦してきました。

元々大学3年までコードを書いたことなど一度も無かった身。
タイトルで非理系に特定しているのは、自分が文系で文系の目線しか語れぬからです。

文系出身ノンゼミの自分はコードを書く機会などありませんでした。

理系学生は情報関係の学部で無くても授業でコードを書きます。
(数学を多用する文系学部でも書くようですが)

自分に任せられた使命は、コードなんて書いたこと無いけど結局
プログラミングを学ぶと良いことがあるのか、を自分の経験から語ることでしょう。

結論

学ぶべきです。と2回目。強調しておきます。

しかし正直「べき」かどうかは人によって変わります。

なので「べき」を語る際は「誰」にとって「べき」なのかを
明らかにする必要があるといつも思っております。

<文系の中でも「べき」に当てはまる人>

=====================================
①パソコンを扱う仕事が全体のそれなりを占める人
②自由に生きたい人
③社会に大きい影響を生み出したい人
=====================================

結構大半の人が当てはまのではないかなあと思います。

次に学ぶべき理由は3つあります。

<学ぶべき理由>

=====================================
①仕事の効率を手作業の限界以上に上げられるから
②簡単に影響を生み出し、影響が早くて広くまで届くから
③みんなが取り組んでいないから(期間限定)
=====================================

ではそれぞれ詳しく見ていきます。

べきに当てはまる人

要するに大体の文系大学生だと思います。特に自分の大学界隈の人は
就職先でがっつりパソコンを使ったり、将来的に「事業を起こしたい」という野望を
もった人が多いのではないでしょうか。

該当する方はぜひ最後まで読み通して、プログラムを書く経験をしてみてください。いちばん大事なのは「難しそう」とか「いつでも出来そう」といった幻想や勘違いをいち早く打ち砕くことです。自分ももっと早く打ち砕けていればと後悔しています。

学ぶべき理由

ではなぜそういった人が学ぶべきなのか、学ぶとどんな良いことがあるのかを詳しく説明していきます。

①仕事の効率を手作業の限界以上に上げられるから

1つ目はコンピュータの処理の性能が人間よりも勝っているからです。
そして現在人間の仕事の土俵はコンピュータの上になっています。

仕事におけるリサーチはネットを使いますし、
資料作成もメールも全て基本的にはコンピュータで行っています。

自分たちはキーボード・マウスを使ってコンピュータをコントロールしますが、
コンピュータのことはコンピュータの得意なやり方に任せた方が早く済む訳です。

プログラミングはコンピュータの得意なやり方を活かすためのコミュニケーション手段ですから、それができれば自分たちのスピードを簡単に越えてきます。

WEB上の情報を自動で1箇所に集める、複雑な計算をする、
情報を記録する、作業を自動化する、お手のものです。

マクロ組んだりPythonで自動化する人が、複数人で何日もかかることを
一瞬で終わらせることができるのは、コンピュータの得意をプログラミングによって
発揮させているからにほかなりません。

②簡単に影響を生み出し、影響が早くて広くまで届くから

2つ目はインターネットが世界全体に普及し、そのインターネットを上手く活用できるのがプログラミングだからです。インターネットを介せば、Web上に自分の作ったものが世界の色んな所に飛んでいきます。Facebook上には国と国の距離などありません。

プログラミングを用いることでインターネット上のコンテンツを簡単に生み出すことができ、そのコンテンツはインターネットで即世界からアクセス可能になります。

価値があるコンテンツを生み出せば、それは大きな影響力になります。

プログラミングが出来なくてもWeb上に価値を生み出すことは可能ですが、
Web上に価値あるコンテンツを生み出す手段としてはプログラミングは優秀です。

③みんなが取り組んでいない・敬遠するから(期間限定)

3つ目は、社会から見るとプログラミングって、やったほうが良いと言われてるけど
実はそんなにみんなやろうとしていないものだと思います。

自分の所感としては

・学生は一見難しそうだからやらない or いつでも出来ると思ってるからやらない
・非エンジニア社会人は仕事に関係ないと思っているからやらない
・経営者はエンジニアを雇えば良いと思っているからやらない

がそれぞれ理由だと思っています

故に結果的にプログラマーの需要が供給を上回り、価値を押し上げています。

1人でもWebサイトが作れれば、年齢/学歴も関係なくお金を稼ぐことができますし、
プロダクトの自由度が高いので売り込める幅も広いし、汎用的で良いスキルです。

最近は人を自由(金銭的・時間的・空間的に)にするスキルだと思っています。

その他の効用

他にもプログラミングをかじりだして感じるようになったのは、
モノづくりへの活力wと、プログラミング的思考です。 

自分で何でもタダで作れるので楽しいし、それがよく作れば
売れると考えると更に良いもの作りたいっていう欲求が湧いてきます。 

なので精神衛生が良いですw 大抵の人はモノづくり好きじゃないしょうか笑

もう1つプログラミング的思考は、
物事をシンプルかつロジカルに考える能力を養うということです。

コードはミスが有ると思うように動かないため、きっちり抜けもれなく、かつなるべくスマートに考える必要があります。ミスが有るとそこに即流れ込んできてエラーを吐き出すので、きっちりパターンを分けたりしなければなりません。

また物事の抽象化を多く行うので、物事をシンプルに表現する力を養い、普段の思考力の底上げにつながります。仕事もできるようになりそう。

まとめ

学ぶべきです。(3回目)圧倒的にできることの幅が広がって、自信にもつながりますし、ビジネスを起こす武器になります。難しそうorいつでもスクール通えばできると思って勝手に敬遠してましたが、やってみるとある程度のレベルまでは、そんなに難しいこともなく、実際にやってみて、勝手に敵を大きくしていたと後悔しました。幻想でした。

何よりとりあえずやってみることです。あとは慣性で進んでいくでしょう。

最初はオンラインプログラミング学習サービス「Progate」の無料会員からスタートしましょう。無料コンテンツやるだけで、こういうもんなんだっていうわかります。幻想を打ち砕けたら大きな前進です。それだけで自分の人生に小さからぬ影響を与えることでしょう。

目の前の仕事に溺れない

久しぶりの更新です。

最近エクセルやパワポと闘っていることが多いのですが、
そうしてると「意味のある仕事ってなんだろう」って思うことが多いです。
(エクセルやパワポに意味がないと思っている訳ではありません!笑)

ということで「仕事ってなんだろう」と考えてみました。

社会的に意味のある仕事は?っていう思想ちっくなことよりも、
ニーズを満たす作業という意味での仕事を
いかに効率的に質高く行うかっていう方向で考えてみました。

いつものごとく仕事を細かく分解してみました。

はじめに

誰もが出せるならば、良い成果を出したいと思っています。

成果を出せば、会社が成長し、
周囲からの評価も上がり、給料も上がり、
その過程で自身の成長も得られていることでしょう。

高い成果をあげることは望ましいことです。

高い成果をあげることができる仕事こそ、
良い仕事だと言って良いでしょう。

しかしみんなが良い成果を出したい一方で、
目の前の仕事が良い成果に結びついているのか?
それがわからなくなっていることがあると思います。

日々の営業、顧客とのやりとり、
企画書作成、資料作成、ミーティング。。。

こういったタスクが本当に意味のあることなのか。

決めたタスクを最高の早さと質で行うことが、
最も高い成果を生み出すことにつながっているのでしょうか。

それを疑問に思い、今回は「仕事」を分解してみました。

結論

考えてみて、仕事って以下の図のように
分解できると気づきました。

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①ニーズ

まずは仕事をする目的として、
何かしらのニーズを満たすことがあります。

何かを解決したい、何かをしたいといった
顧客からの要望だったり、社内で求められていることがあるからこそ
このニーズを充足する仕事が生み出されます。

②アウトプット

次に①ニーズを満たすためのアウトプットがあります。
(ここでのアウトプットとは、ニーズを満たす行動・事象・成果物などを広く指す)

自社事業の顧客の数を増やしたい、というニーズを満たすために、
「新規開拓営業」といったアウトプットが生まれます。

社内の情報共有不足を解消するために、
「情報共有の媒体」といったアウトプットが生まれます。

③アウトプット実現手段

求められているアウトプットを実現するために、取る手段があります。

上の情報共有不足の解消を例にすると、
情報共有の場を作る手段はいくつかあります。

従業員の日報を全員が見れる形でチャット・メールに流す
毎週金曜日に全社ミーティングを行う
経営層ー事業部長ー社員それぞれの間の共有事項・頻度を増やす...

④手段を実現するための工程・アクション

③で決まった手段をどのように行うか、という部分です。

実際に③で情報共有の媒体として
日報を全員が見れる形で行うこと選択したときには、

・ルールの設計
・フォーマットの作成
・浸透etc

といったアクションが出てきます。

⑤更に細かい日々のアクション

(名前が思いつきませんでした、、、)

アクションを更に砕くと、もっと細かい動作が出てきます。
ドキュメントの全体観を考える、文字に起こす、社員と話すなど。

実際の日々の仕事とはこういった小アクションの集合です。

小アクションがアクションになり、
アクションがアウトプット実現手段になり、
アウトプット実現手段がアウトプットになっています。

つまり小アクションの積み重ねが成果を作っていることになります。

何が言えるのか

ひとまず分解をしましたが「で何や!」というところです。
ここまで分解すると大きく2つのことが引き出せます。

①大局観を持って今の仕事を見なければいけない
②一個一個の小アクションを改善すれば高い成果につながる
③細かいアクションの改善だけでは高い成果につながらないかもしれない

思いっきり②と③が矛盾しているように見えますが、順に説明していきます。

①大局観を持って今の仕事を見なければいけない

分解すると、最終的なニーズを満たすまでに
いくつかの段階で構成されていることがわかります。

そしてそれぞれの段階が「目的ー手段」の関係になることもわかります。

これはつまり、自分が今やっていること(小アクション)が
成果を出す手段のうちの1つでしかないことを意味します。

よって手段は他にも取り得るということです。

だからこそ「今取っている手段が本当に妥当なのか」を
しっかりと見極めなければいけません。

自分が今やっている仕事に没頭しすぎること無く、
「この仕事が良い成果を出すためにベストなのだろうか」と
絶えず問い続けることが必要です。

②一個一個の小アクションを改善すれば高い成果につながる

抽象度の高い「ニーズ」から今やるべきアクションが、
図のような関係のもとで生み出されていることがわかります。

先にも触れましたが、結局成果も細かい1つ1つのアクションが
形づくっているということを忘れてはいけません。

如何に目の前のタスクを効率的に質高く倒していくのか。
日々1%でも前に進むにはどうすればいいのか。

こういった目の前のことと向き合うことができなければ、
良いアクション、良いアウトプット実現手段にはなっていかないでしょう。

③細かいアクションの改善だけでは高い成果につながらないかもしれない

とはいっても、細かいアクションの改善だけでは、
高い成果を出すことができないこともあります。

会社の人材のレベルを引き上げるために、
社内育成のことばっかり考えていたけど、
そもそも転職で人を引っ張ってきたほうが
遥かに安上がり、かつ人の質が高いなんてこともあります。

ニーズとそれを満たすアウトプットが
そもそも適合していなければ、そのアウトプットを
実現するための労力はムダになってしまいます。

そういった上流のところで間違いを犯していないか、
大局的な部分の改善を計ることも重要ではないでしょうか。

まとめ

最後に引き出した学びも、
最終的には当たり前と言えば当たり前のことです。

こうやって図に分解したことの意味は、

・それぞれ各自の状況に当てはめてチェックができる
・整理して誰でも理解できる

になるかと思います。

あえて言語化している人はそんなに多くないような気がするので、
誰でもすっと理解できることには少し貢献できたのではないかと思います。

またこんな考えが生まれたら、書いてみようと思います。

それでは!

鋼のマットレスで背中が痛い

テーマ

ただいま免許合宿に来ています!

寮のマットレスが鋼です!鋼の錬床術士なんてやめてくれよ!

さて、3ヶ月ぶりの更新です...!

インドネシアの後半戦からこの12月まで、たくさんのイベントがものすごい勢いで過ぎていったので、ブログの優先順位が地底レベルになっておりました。

やっと免許合宿も一段落したので(入校から仮免試験まで毎日3-4時間くらい勉強してましたw)この鬼速で過ぎていった3ヶ月の出来事とそれからの学びを振り返っていきたいと思います。

3ヶ月どんなだったっけ

端的にこの3ヶ月は「異なる刺激を受け続けた」期間になりました。

まとめると大きくこんな感じです。

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インドネシア修行(8月〜10月第1週)

②ニューヨーク旅行(10月第1〜2週)

③学生団体の手伝い(10月第2週〜11月第3週)

④台湾旅行(11月第4週)

⑤免許合宿(11月第4週〜なう)

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海外に行けたのは(ニューヨークは本当に感謝です)とても大きかったです。

時差とか長時間移動とかで結構体力的には厳しい時もありましたが、たくさんの環境に身を置いたことで、普段では見ない光景、会えない人、出来ないことから、色んな刺激が得られました。来年も卒業前の1ヶ月ほどは海外ぐるぐるしたいです。

 

その他にも所々で

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⑥イベント参加(東京モーターショー in 豪雨とか)

⑦色んな方にお会いする(活躍されている先輩方、中高の友達、部活の恩師など)

⑧っぽいことをしてみる(ビットコインに手を出してみる)

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なんて受ける刺激を自分から変えに行ってみたりしました。

特に学生団体時代の縁で社会で活躍されている方にたくさんお会いさせていただき、たくさんのお話を伺う中で「直近3年をどう過ごすか?」がとてもクリアになりました。

個々の振り返り

次から個々の出来事で何を得られたか振り返っていこうと思います。

1. インドネシア修行

もうインドネシアから帰ってきて2ヶ月以上経過しているなんて、、、

思い切って3回目の海外インターンシップに参加して本当に良かったです。

<得たもの>

・限界突破の考え方

・自分の努力不足さの認識

・起業のリアルの理解

・自分でもできるという自信

・現地の人とも打ち解けられる力

ファウンダーと2ヶ月間みっちり過ごしたことで、「海外」で「起業」するという最高難易度っぽいものが実際どんなものなのか、その一端を感じることはできました。心技体で言うと、基礎的なタスク・PJTマネジメント、セオリーからアウトプットを導く方法といった「技(スキル)」で学んだことは大きかったけど、一番は「心(マインドセット)」の収穫が大きかったです。「体」はダメでしたね、、、Don't be sick easily.

2. ニューヨーク旅行

内定先の社員旅行に連れて行っていただきました。人生初のアメリカです。

僕がこれまで行った国といえば、アジアの発展途上国がほとんどで、経済の成熟度で言えば、日本より高い国には行ったことがなかったので、とても楽しみ。るんるん

感想としては「うーん、旅行じゃあんまわかんない!」でした。笑

やっぱり観光は観光って感じになりますwもっとローカルに攻める観光をすればよかったのかもしれませんが、みんな背も声も大きくてちょっと怖かったです、、、

でも周りを見渡せば、白人、黒人、中国系、非常に多様です。何がマジョリティなのかわからない。日本人なんて観光客くらい。相手にされていない感じがします。

 

最も印象に残っているのは「グラウンド・ゼロ」でした。

グラウンド・ゼロは9.11があったワールドトレードセンターの跡に創られた建造物で、石には9.11で亡くなった方々の名前が刻まれています。

平和な世界の実現を目指す当事者でなければと強く感じました。

 

今回の3日の観光では正直アメリカという国は全然わからなかったですw

いつかはこの国で働いたり、住んだりして、もっと知ってみたいな! 

3. 学生団体の手伝い

6月ごろから3年まで所属していた学生団体のお手伝いをさせていただきました。

「これまでがそうだったから」という理由で無思考に過去のやり方を踏襲することや、踏襲する前提で妥当性の論理を後付することに意味は無いと考えていました。

自分たちのリーダーを選び、そして自分たちのやることを決める営みを、自分自身の経験に基づく問題意識と前提を疑うゼロベースの考え方で作り変えました。

結果的に生まれたものには反省点の方がむしろ多いと思っていますが、これまで生み出せなかった大事なものを生み出すことが出来たと感じています。

今回の反省をしっかり引き継いで、次年度より良いものを作り上げられるようにします。

4. 台湾旅行

台湾は最高に楽しかったです!

ひたすらにご飯が美味しくて、見どころも多く、なんと素晴らしい、、、

台湾は面積が小さいので観光地とか飲食店が密集していて、とても回りやすい。どこ行っても電車で15分くらい。

交通の利用方法は、中国語がわからない観光客でもわかりやすいようになっているし、システムも日本とあまり変わらないのでとてもとっつきやすい。都市が密集している分、色んなサービスや機能が高い質でしっかり行き渡っているところが良いところです!

これまで東南アジアばかりに行って、痒いところに手が届かない思いを続けながらも、「水シャワー浴びるのが旅行の醍醐味じゃい!王道なんて甘えだわ!」と斜に構え続けてきました。

しかし今回 The 王道「台湾」に行き、「あったかい便座は神」と悟ったのでした。

5. 免許合宿 

特にコメントないですw

みんな楽勝だよ!って言ってるのは嘘だということがわかりました。

楽勝といいつつ、みんなさり気なくしっかり努力していたのね(ホロリ)

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

この言葉を噛み締めつつ、毎日ハンドルを握っています。安全運転。

まとめ

久々に書いたので、テイストわからんくなってただの日記みたいですがw

この3ヶ月でもっと膨らむと思ったトピックは別にたくさんあるので、随時放出していきたいと思いますー!これからもしっかり走っていきます!

最近感じた「生き方」について

テーマ

このテーマで書きたいと思い続けてから、一週間も空いてしまうという堕落ぶり。やりたいことはその日にやる癖をつけたいと思います。。。

今回のテーマは「自分がしたい生き方」についてです。以前「何に生きるかではなく、どう生きるか」ということを書いたことがありますが、自分の中で「どう生きたいか」について少し感じることがあったので、書いてみます。

結論

自分がしたい生き方は

  • 自分がしたいことに生きること
  • その中でも人との関わりや感謝を意識して謙虚に生きること
  • 紳士に生きること

だと感じました。では詳しくそう感じた経緯を書いていきます。

きっかけになった記事

最近たまに読んでいるブログがあって、そのブログの記事がちょっと考えるきっかけになりました。それがキングコング西野さんのブログです。中高生の時はテレビでよく見ていたので芸人としてのイメージがずっとありましたが、最近は絵本作家として活躍され、NEWS PICKSにも経営者との対談記事が出てきたり、ビジネス関係でも注目されるようになっていることを知りました。

ちなみにきっかけになったブログの記事はこちらです。

西野さんがある会社のCIOに就任したのですが、その会社側から失礼があったので、3日でそれをやめてしまった、という話でした。若干この説明だと不足している感じがあるので、実際に記事を読んでみてください。

一部「一度引き受けたことをやめるんじゃないよ」「我慢しなさい」という批判で炎上したみたいです。しかし西野さんの「スッパリ決める生き方がかっこいい」という風に評価する方も少なくないようでした。

やりたいことやって生きたい

西野さんの他の記事を読むと、西野さんは「自分のやりたいことだけして生きていけば良い。自分のやりたくない仕事を我慢して引き受けるなんておかしいことだ」という、とても真っ当なことを仰っていて、それを信条に活動されているようです。

とてもかっこいい生き方だと思います。自分もそう生きたいです。

こういう生き方には「そんな簡単じゃねえ!」「それができれば苦労しないんだよ。。。」といった多くの批判が来ます。でも西野さんは、こういった批判をする人は結局「自分のやりたいことに踏み出せない、弱くてビビってる人たち」とはねのけています。そういった批判は、自分にとって痛いことを突かれてしまったことに対して、自分の今までの生き方は間違っていなかった、自分が正しいと言い聞かせようとしている人の反応であると感じます。みんな自己矛盾や自己否定はしたくありません。ここに対しては自分はとても納得です。誰もがやりたいことやって生きたいです。

自分は少し違うなと思ったところ

でも少し自分はこうは考えないな、と感じる点もありました。先ほどの記事を読んで頂ければわかりますが、今回のCIO退任の件での相手方の対応を批判(というか芸人的にはツッコミ入れてるの範囲なのかも)していて、なんかちょっと自分は違和感を感じてしまいました。やりたいことをして生きることの範疇とは別だなという感情です。

僕は人のことを相手が決まりの悪くなる形で批判したり、人に対してリスペクトを欠いたことをするのが苦手です。人に自分から迷惑をかけたり、不快な思いをさせることって、シンプルにかっこ悪いと思うんです。それが別にどっちからふっかけたことであっても、たとえ相手が悪いとしても。

したいことをして生きるという信条の延長として、自分が批判したいから批判するっていうところまでは、自分はしたくないなと思います。

特に社会を引っ張っているリーダーたちは、もちろん自分の好きなことを主張し、自分の好きなように生きることは良いけれど、他者との関わりや自分が生み出す他者への影響を考えることが必要だと感じます。もっと紳士のように、映画『マイ・インターン』のロバート・デニーロのような懐の深さを持って生きたいです。

特にインドネシアに来てからそう感じるようになりました。包容力があり、謙虚で、他社に対するリスペクトを持ちながらも、自分の中で強い意思を持っている。そんな人に僕はなりたいです。

結局もっともっと世界で成功している人たちって、そういう人たちなんじゃないかなと思います。そういったたたずまいが無くても、持っている能力や思想で尊敬を集めることができるけど、一人の人間として尊敬を集めるのは、そういう他者へのリスペクトを忘れない謙虚な生き方をしている人なのではないでしょうか。

賛否両論ある人は結局世界の半分の人にしか共感されない的な。賛否両論無く、誰にとっても尊敬できる生き方はあると思うし、自分は他者をリスペクトし、謙虚に生きることが世界の多くの人に共感される生き方の1つだと思います。人間的に尊敬を集める生き方って、結構ユニバーサルだと感じます。自分はそっちの方の生き方をしていきたいです。

まとめ

色々な考え方を持って生きられている方々のブログや記事を読むと、共感できる点がたくさんあると同時に、違和感を感じる点もあります。それに間違ってる正しいとかはなくて、結局自分にとって幸せに素直に生きられる方を取るのがいいのでしょう。

相手を変えないと意味がない

テーマ

今日は「相手の行動を変えるフィードバック」についてです。これまで学生団体やインターンで人からフィードバック(以下FB)を受けたり、FBをしたりする経験が多くありました。つい最近自分の中でのFBの傾向が掴め、課題が見えたので、書いてみます。

結論

この投稿で言いたいことは、

  • フィードバックは意図や目的を持って行うべき
  • 相手の固まった思考を溶かして、再形成することを目指すべき

ということです。では以下から詳しく見ていきます。

フィードバックのそもそも

FBって言葉、大学入るまで全然聞いたことありませんでした。今でこそ当然のように使っていますが、本当に高校までは馴染みのない言葉です。FBはもともと、軍の用語で、大砲を飛ばした際に、弾の着地点が目標からどれだけ離れたかを伝えること、から始まったと言います。由来からFBのエッセンスを考えると「目標との乖離を事実として伝えること」だと思います。つまり「FBは目標達成のために行われるべき」であり、また個々の価値判断でFBするべきではなく、「目標に対して今どこにいるのかを客観的に伝える」ことがFBにおいて重要です。このように受け手の目標達成の補助を行うことがFBの目的になります。

相手の行動を変える

相手の行動を変えるためには、相手の行動の背景にある考え方や、価値観を①溶かして②再形成することが必要です。

①で相手がこれまでの自分の考え方や、思いの誤りや不十分さに気づき、変化できるマインドをつくります。自分の考えが正しい!って思い込んでいるうちは、その人の行動を変えることが出来ません。まず現在の相手の行動の誤りに気づかせることです。そしてその誤りを受け入れて初めて、変化の準備ができます。

②では自分の誤りや不十分さに気づいた後に、今後取るべき正しい行動が何かを提示することです。自分のこれまでの行動が間違っていたと気付いたら、では今後どのように行動を改めて行ったら良いのかということになります。その後は、こういう行動が正しいようだ、では今後はそういう行動をしよう、という流れです。どうしていいかわからなくなった後に入ってくる情報によってその人の行動が再形成されます。

FBの目的は、この①②を行うことによって、相手の行動を変え、相手が達成したい目標を達成できるようにすることです。

溶かすけど再形成できないFB

つい先日、知人に「(あなたが)言っていることは正しくて、異論を挟むことはできないんだけど、自分がつまづいている理由を解消できないと、結局行動を変えることができない」と言われました。例えるならば、「悩んでても仕方ないよ。もう悩むのはやめよう。」って言われても「それが出来ないから大変なんだよ」と言いたくなる的なことです。

つまり自分がするFBは①ばかりになってしまい、相手が自分の今の状況が良くないということを認識するマインドを作ることはできていますが、②の再形成ができず、結果的に目的を達成するための行動を取ってもらうようにできません。マインドが作れても、じゃあそのあとどうやって行動を変えていく?っていうところに、あまり何も言えていないなと思うようになりました。

なんでそうなってたのか

こうしたほうがいいっていう「あるべき行動」が自分はとても良く見えます。やんなきゃいけないことができていないのは、色々な理由があるんだろうけど、結局は自分の努力不足なんじゃないか、と考えることが多いです。それを相手に納得してもらうように、論理を組み立てて、喝を入れる的なことばかりやってきました。自分の目線からは「あるべき行動は、やるべきという理由だけで、他の理由なくとも取れる/取るべきもの」だと考えていたため、「まずあるべき行動できてないじゃん!」っていうFBをするだけで十分だと感じてしまっていました。しかしそれでは相手の行動を変えることができないことも出てきてしまいます。

相手を目的達成に導くFB

まず相手の意見を溶かし、受け入れるスタンスを作ることがスタートです。(①)その次に再形成のフェーズですが、これまで出来てこなかった理由の深掘りと、個々の理由の改善行動を出せるようにすることが必要です。(②)相手は今の状況を心のどこかでは良くない、と認識している訳であって、その状況になっているのは何か理由があってのことです。

例えば、今締切が迫っている企画書の提出があるんだけど、企画書の作成が進んでいない人に対して、「締切までに出さないとダメだよ!」って言っても、他のこととの優先順位で出来ていなかったり、企画書作るための能力や情報が不足してるんだけど周囲に聞ける人がいなかったり。そういった「出来てないのヤバいよFB」では、企画書を作って提出するという目標に対して、プラスに働きません。この場合では、優先順位の付け方に対してや、作成できる環境づくりに対しての状況までFBを行う必要があります。

そこまで見ないと、結局「今のままじゃヤバイことはわかってるけど、結局どうしたらいいかわからん!」っていう心の落ち着かない状況に相手を放置してしまうことになります。自分はこの面のFBをあまり行ってこなかったということを認識しました。

 

まとめ

今回は相手の行動を変えるためのフィードバックについてでした。今後は相手の考えを溶かした後に、どうやって行動を変えるところまでサポートできるFBができるようになるのか、が課題です。広義のFBとして「こうした方がいいのでは!」ということをより強化して言えるようになることをもっと意識していきます。

中身をつめること

テーマ

今回は「選択を目的化するな」という話です。就職活動の時にはすごくこの考え方をしていたなと少し反省しており、ジャカルタに来てから更に「意思決定することが目的になっていて、意思決定した内容の中身を詰めることの重要性を忘れている」と感じるようになりました。そんな内容を書いていきます。

結論

この投稿で言いたいことは

  • 意志決定に時間をかけず、中身を詰めることに時間をかけるべき
  • 日々の努力を何よりも大事にすべき

ということです。では具体的にどういうことか書いていきます。

こういうキャリアを歩みたいですの落とし穴

外資コンサル行ってMBA行って起業したいです!」って自分の大学界隈の人から良く聞きます。僕も言ってました。華のあるキャリアです。最近良くビジネス本を出している人なんてまさしくこのキャリアだと思います。

僕も就職活動のときに、自分の将来の理想に対して、どういうキャリアパスを作っていけばいいんだろうって良く考えていました。このことを考えること自体は非常に重要だし、誰しも必ず思考する道です。この会社でこういう仕事して、このスキルとこのスキルを身に着けて独立しよう!みたいな。

しかし最近になって、キャリアにフォーカスしすぎると、大事な考えが抜け落ちてしまうと考えるようになりました。

選択が目的化する

抜け落ちていることとは「表面上の決定のみに注目してしまい、決定をどういう風に実現するかが考えられていない」ということです。そのキャリアを歩めば、こういう能力が身につくよね!っていう前提になっているけど、それってほんとにそんな上手くいくの?その仕事するだけで、本当にそんな能力身につくの?って考えられているのでしょうか。

キャリアパスだけを考えると、自分が努力して得るという視点が弱くなると感じます。そのキャリアパス通りに表面上は道を進めたとしても、本当に自分の理想にたどり着くのでしょうか。僕はそれぞれの選択でそもそもどんな意識を持って働かなければいけなくて、どうやって働くのかを考えることが重要だと思います。

これまでの学生団体でもよくあったのが、めちゃめちゃ時間かけて、やっと決まった!っていう意志決定を結局実行しないっていうことです。何のために時間をかけて決めたのだろうか、と思います。

大事なのは決定の中身ではなく、決定を如何に行っていくのかです。自己や組織における意志決定にダントツにベストだといえるものは少なく、大体はグレーな意志決定が多いです。

キャリアでも意志決定でも、決めること・選ぶことが目的になっている。そういった意志決定において重要なのは、決定内容ではなく、決定したことをどうやって目的達成できるように行っていくか、だと思います。

日々の努力でしか無い

そしたら結局自分は何をすべきか、ということは日々の努力にしか落ちてきません。毎日の目標を確実に達成する。そして毎日5%でも1%でも自分の限界を広げていく。これに尽きるんだと思います。インドネシアに来てからは、これまでの自分がどれだけ、日々目標を立て、それを達成することが出来てこなかったことを思い知らされています。

成長は筋トレみたいなものです。負荷をかけて徐々に自分のキャパシティを高めていく。これが複利みたいになって、長期的に見ると大きく成長する。結局成長を生み出しているのは日々の行動であって、その行動がしっかりできるようになっていかない限り、成長することはないと思います。

これまで大きく勘違いしていたのは、すごい人って面白いエピソードを持っていたりする。だから自分もそういうエピソードの1つや2つ持ってる人間にならないと、と思っていたことです。これは大きく間違いでした。すごい人は確かに面白いエピソードを持っていることが多いです。しかしそういったエピソードを持てるから成功しているわけではない。

そういったすごい人ほど、日々の地味で細かい努力を怠らない。そういった日々の目標達成のための努力によって成長し、たまたま面白いエピソードで象徴されたりするだけであって、面白いエピソードがその人をすごい人間にしているわけではない。結局つまるところ日々の努力です。

選択をしたら、あとは日々の努力。理想の実現への道はすごくシンプルで、その地味なことができない人は決して理想を達成することは出来ません。

まとめ

選択・決定そのものを過度に囚われるのではなく、決定の実行のための日々の努力により心を砕くべきです。つまらない結論だけど、つまらない結論だからこそ、確信ができる気がしています。日々の努力からしか自分たちの成長や、理想の実現は成し得ない。そのことを忘れずに努力を続けていきたいと思います。

ジャカルタまなびーず

テーマ

インドネシアに来てから3週間が経ちます。そこでこっちに来てから思ったこと、学んだことが細かくバラバラとあるので、ハイライト的な形で書きたいと思います。FBとアクション改善のサイクルが日本にいるときよりも早く回るので、とても色んな気付きを得ることができます。

めっちゃ頑張るのは前提

インドネシアに来るまでは、あんまり無理せず、効率よくやろうっていう考え方でした。「いや世界のCEOも7-8時間寝てるじゃん!」的なことをよく言ってました。こっち来てから思うようになったのは、効率高い上でめちゃ頑張ればもっと周囲より早いスピードで成長できるじゃんということです。単純に労働時間を増やすという方針は重要だと感じます。(体調管理できるようにセルフマネジメントすることは前提)

集中して取り組むことによる学習スピードの向上したり、単純に仕事が前に進みます。スピードは様々なプロジェクトにおいて価値になっていて、早いことそのものに価値がある。自分は体力ないので忘れがちだけど、気合い入れて頑張るっていうのは、コンディション悪くなる代償にしっかり価値は生み出していると思う。

それにそれができるのは前提で、本当に重要なのは、めっちゃ頑張って何をしているか。如何に頑張った時間を価値に変えるか、そこにフォーカスして、もっとも成果を生み出す方法を模索する部分で戦うべき。

新しいことに取り組むとこれまでの景色が違って見える

インドネシアに来てから、オンラインのプログラミング学習サービス「Progate」をやったり、デザインの基礎に関する勉強をしたり、これまで自分が取り組んでこなかったことに挑戦しました。それらに挑戦したことにより、アウトプットを見る時に違った視点を持てるようになったことに気が付きました。

具体的には、プログラミングを勉強したことによって「こういうWebサイトはこうやって作ってるんだろうな」とか、「こんぐらいまで出来るようになったら、クラウドソーシングで働けて、自分の力でこれぐらいは稼げるんだろうな」とか、普段持っていなかった観点によって物事を考えたり、アウトプットを見るようになりました。

きっと今後も自分の中で新たな領域への知識や経験を積むことで、更に異なる観点を持つことができるようになります。様々な観点を持つことで、良いアウトプットを出すことが出来ます。

とりあえずやってみるのが良い

これは実際には人のフェーズにもよると思いますが、何かやってみたいとか、やったほうがいいとか、人に頼まれたとか、色んなことを理由とかあんまり考えなくてもいいので、ひとまずやってみることがいいと感じました。

ひとまずやってみると良いと感じた理由は

  1. 自分が無意識的に避けているタスクと向き合うことが出来る
  2. 業務が増えることで、効率良い方法を模索する必要が生まれる
  3. 人から仕事を任され、成功すれば信頼されるようになる

という点です。特に1は自分としては重要だと感じます。やりたくないものは割けてしまう傾向がありますが、自分は頼まれたら断れないタイプなので、誰かに頼んでもらえれば、「やったほうが良いのはわかってるけど、取り組みにくい」っていう業務も、取り組みやすくなります。

まとめ

今回はジャカルタでの3つの気づきに関して書きました。こういった学びは継続して、行動に移していくことが重要だと感じます。 一つ一つ小さな行動から変えていき、日々1%でも成長していくことを意識していきたいと思います。